有森 裕子 Yuko Arimori
女子マラソン バルセロナ・アトランタ両オリンピックのメダリスト
プロフィール
- 生年月日
- 1966年12月17日
- 出身地
- 岡山県岡山市
- 出身校
- 日本体育大学
- 好きな言葉
- 「すべてを力に」
- 信条
-
- 「世の中にたった一人しかいない自分の生き方にこだわること」
- 「二度とやってこない一瞬一瞬を精一杯に生きること」
- 「人間に諦めるという言葉は似合わない」
- 好きなこと
- 風景撮影、レトロな喫茶店めぐり、アンティーク食器・雑貨収集、旅、筋トレ・ピラティス
- どんな人を応援(animo)したい?
- 自分の思いに正直に、一生懸命に生きる人
- どんな自分を応援(animo)したい?
- 不器用な生き方の自分
経歴
オリンピアン、プロランナーとして
1992年バルセロナ五輪で銀メダル、1996年アトランタ五輪で銅メダルを獲得し、日本女子として初めて五輪マラソンで2大会連続のメダルに輝いた有森裕子。アトランタ五輪のゴール後に語った「自分で自分をほめたい」という言葉は、故・高石ともや氏が女子ランナーに贈った言葉を高校時代から胸に刻んでいたもの。自分を認めることの大切さを表したこの言葉は、時代を超えて語り継がれている。
アトランタ五輪後には、日本陸上界初の「プロランナー」として独立。所属企業の(株)リクルートを離れ、自らスポンサー契約を結んで競技を続け、後進のアスリートに新たなキャリア形成のモデルを示した。
海外における社会活動を通じて
競技者としてのキャリアを終える前から、スポーツの力を社会に役立てる活動を開始。1996年にスタートした地雷被害者の支援を目的としたチャリティ大会、アンコールワット国際ハーフマラソンの運営に尽力し、現地化を達成した今も支え続けている。
1998年には「ハート・オブ・ゴールド」を設立し代表理事に。カンボジア教育・青少年・スポーツ省との協働により、小・中・高等学校の体育科教育のカリキュラムと指導書を整備し、現職教員への研修や普及を進めた。あわせて、4年制体育大学を設立し、体育教員養成の仕組み作りと環境を支援。カンボジアの子どもたちが態度・知識・技能・協調性を学ぶ「新しい体育」が一貫して実施できる体制が整い、現地に広がりつつある。
「スポーツには社会を変える力がある」と強く実感したのが、2002年から2010年まで務めた国連人口基金(UNFPA)親善大使の経験だ。アフリカやアジアを訪問し、HIV/エイズや女性の地位向上、人口問題などに取り組み、スポーツイベントと啓発活動を組み合わせる活動に携わった。
スペシャルオリンピックス日本
知的障がいのある人々のスポーツ参加を支えるスペシャルオリンピックス日本(SON)では、2008年から2023年までの15年間、理事長を務めた。全国大会や普及活動を通じ、選手たちが社会に与えるインパクトや、健常者と障がい者の垣根を超えた共生の大切さを訴え続け、有森のライフワークのひとつとなった。現在もユニファイドスポーツ®アンバサダーとして関わりを続けている。
国内外でのリーダーシップ
2024年にアジア陸上競技連盟(Asian Athletics Association / AAA)のカウンシルメンバー、同年、ワールドアスレティックス(WA、世界陸連)のカウンシルメンバーに選出され、国際競技連盟の意思決定に関わる立場を担う。そして2025年7月には女性初の日本陸上競技連盟(JAAF)会長に就任。国内外での社会活動経験を持つ陸上界のリーダーとして、選手育成や競技環境の改善、社会的価値の発信など、「マザー・オブ・スポーツ」と言われる陸上競技の発展に挑み続ける。
スポーツを楽しむすべての人々を応援しつづける
「スポーツは生きる力になる」を信念に、講演やマラソンイベント、ランニング教室などで全国を飛び回る。マラソン大会で声を張り上げ、何時間も全力で応援し続ける姿は、市民ランナーにはおなじみの光景に。地元・岡山では「おかやまマラソン」のスペシャルアンバサダーを務め、市民ランナーへの指導や大会PRを通じ、地域の健康づくりや交流にも貢献している。
主な講演テーマ
「よろこびを力に」「すべてを力に」
自分で決めたことや、夢を叶えたいという強い思いがあれば、人はそのためにいくらでも努力できる。「いつか叶うだろう」「いいことが起きないかな」と待っているだけでは、せっかくの機会を見逃してしまう。だからこそ、しっかりとアンテナを張り、前に進み続け、よろこびを力に変えていくことが大切。夢を掴むための方法をお伝えする。
「分からないことが面白い」
人生や日々の営みには不確定要素が多い。けれども有森は、その「どうなるか分からない」ことこそが人間のエネルギーになると考えている。分からないからこそ頑張れるし、挑戦できる。五輪メダリストとして、そして引退後の社会活動を通じて、彼女がどのような視点や思いで数々のハードルを乗り越え、キャリアや人生を切り開いてきたのかをお伝えする。
主な競技成績
- 1990年
- 大阪国際女子マラソン
- 6位 2時間32分51秒(当時初マラソン日本最高記録)
- 1991年
- 大阪国際女子マラソン
- 2位 2時間28分01秒(当時日本最高記録)
- 1991年
- 世界選手権東京大会 女子マラソン
- 4位 2時間31分08秒
- 1992年
- バルセロナオリンピック 女子マラソン
- 2位 2時間32分49秒
- 1995年
- 北海道マラソン 女子
- 優勝 2時間29分17秒(大会新記録)
- 1996年
- アトランタオリンピック 女子マラソン
- 3位 2時間28分39秒
- 1999年
- ボストンマラソン
- 3位 2時間26分39秒(自己ベスト)
- 2001年
- 東京国際女子マラソン
- 10位 2時間31分00秒
- 2007年
- 東京マラソン2007
- 5位 2時間52分45秒
現在の活動
- 国際オリンピック委員会(IOC)Olympism365委員会委員
- ワールドアスレティックス(WA)カウンシルメンバー
- アジア陸上競技連盟(AAA)カウンシルメンバー
- 公益財団法人日本陸上競技連盟会長
- 認定NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」代表理事
- 一般社団法人大学スポーツ協会 副会長
- 日本体育大学 及び 日本体育大学女子短期大学部 客員教授
- 国土交通省 観光庁 スポーツ観光マイスター
- 公益財団法人笹川スポーツ財団 アドバイザー
- 一般財団法人日本AED財団 AED大使
- 公益財団法人パラスポーツ協会 評議員
- 一般社団法人スポーツ・コンプライアンス教育振興機構 理事
- 一般財団法人東京マラソン財団 理事
- ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団 ローレウスアンバサダー
- (公財)スペシャルオリンピックス日本 ユニファイドスポーツ®アンバサダー
- 公益財団法人 トヨタ財団評議員
- 福島県しゃくなげ大使
- 名寄ひまわりまちづくり大使
- かしわざき大使
- ゆすはら未来大使
- 高岡市観光親善大使
- 笠岡応援大使
- 安曇野市スポーツ大使
受賞歴
国内
- 1992年 朝日スポーツ賞(朝日新聞社)
- 1993年 第5回日本フェアプレー特別賞(日本フェアプレー委員会)
- 1995年・1996年 毎日スポーツ人賞 ファン賞
- 1996年 菊池寛賞 (日本文学振興会)
- 1996年 ベスト・ドレッサー賞(社団法人日本メンズファッション協会)
- 1996年 流行語大賞(自由国民社)
- 1997年 中日日体育賞(中日新聞社)
- 2010年 津田梅子賞(津田塾大学)
- 2015年 日本陸連アスレティック・アワード2015 特別賞(日本陸上競技連盟)
- 2022年 三木記念賞(岡山県)
国外
- 2010年 国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞
- 2010年 ロイヤル・モニサラポン勲章大十字を受章
- 2015年 モニサラポン・マハーセレイワット勲章
著書
- 『やめたくなったら、こう考える』(2012年 / PHP研究所)
- 『有森裕子のマラソンブック フルマラソンで4時間を切る!』(2009年 / マガジンハウス)
- 『スマイル・ランニング フォー・レディース』(2009年 / 保健同人社)
- 『有森裕子と読む人口問題ガイドブック』(2004年 / 国際開発ジャーナル社)
- 『わたし革命』(2003年 / 岩波書店)
- 『アニモ』(1997年 / メディアファクトリー)